Zen's Learning Diary
30代独身の通信制短大の学習記録
自由が丘産能短期大

通信教育におけるChatGPTとの付き合い方

clear light bulb

最近話題のChatGPTですが、初めて使ってみて有用性を実感するとともに、ブログという不特定多数に発信する仕組みであるが故に倫理的な問題が脳裏に浮かび、記事にするのを躊躇いましたが、現代のテクノロジーと通信教育の付き合い方について、簡単にではありますが自分なりの体験と考察をまとめてみました。

ChatGPTとは何か

ChatGPTとは何でしょうか。早速、ChatGPTさんに聞いてみました。

私「ChatGPTとは何ですか」

ChatGPTは、OpenAIによってトレーニングされた大規模な言語モデルです。ChatGPTは、テキストを生成し、理解し、回答する能力を持っています。ChatGPTは、自然言語処理、対話型アプリケーション、文書生成、文章要約など、多くの応用分野で利用されています。ChatGPTは、自然な言葉での問い合わせや会話に対応することができます。

ChatGPTからの回答

だそうです。ちょっとIT系難しいなと思った方、いらっしゃるかもしれません。
もうちょっと簡単にしてもらいましょう。

私「ChatGPTについて、小学生でもわかるくらいに説明してください」

ChatGPTは、人工知能の一種で、自然な言葉でのやり取りができるコンピュータープログラムです。人が話すように、ChatGPTはテキストを生成したり、理解したり、回答したりすることができます。例えば、あなたがChatGPTに質問をすると、ChatGPTはその質問を理解し、答えを生成して返します。ChatGPTは、対話型アプリケーションや文書生成、文章要約などの分野で使われています。ChatGPTを使うことで、より自然なやり取りができるアプリケーションを作ることができます。

ChatGPTからの回答

だいぶと柔らかい感じになりました。正直すごいです。

ChatGPTのありかは、適当にググってください。すぐ出てきます。

分からないことを聞くときに超便利

 ある日、通勤中に心理学概論の勉強をしていて、学習心理学のテキストに書いてあった「レミニッセンス」という単語と、心理学概論のテキストに書いてあった「レミニッセンス・バンプ」という単語の説明が大きく異なっていました。
 私はどちらも同じ意味だと思っていたので「あれ、何が違う?いや、全然違う?なんか覚え間違いしてる??」と、疑問を持ちました。
 そこで、初めてChatGPTに尋ねてみることにしたのです。

私「レミニッセンスとレミニッセンス・バンプの違いを説明してください」

レミニッセンスとレミニッセンス・バンプは、人間の記憶に関する心理学的な概念です。

レミニッセンスとは、過去の出来事や経験を思い出すことを指します。これは、人が過去に経験したことを、現在において記憶を辿って思い出すプロセスです。例えば、ある人が子供の頃に食べたお気に入りの食べ物を思い出すことなどがレミニッセンスにあたります。

一方、レミニッセンス・バンプとは、人生の最初の10年から30年くらいまでの出来事が、人がよく思い出すようになる現象を指します。つまり、人生の最初の数十年の出来事が、他の年代の出来事よりもよく覚えられている傾向があるということです。例えば、大学時代の友人との思い出よりも、子供の頃の思い出がよく覚えているということがレミニッセンス・バンプの現象です。

この現象の理由については、複数の説があります。一つの説では、人生の初めの数十年は個人的な成長やアイデンティティ形成の時期であり、その期間で経験した出来事が、人の人格形成に深く関わっているため、よく思い出されるのではないかとされています。また、人生の初めの数十年は、新しい出来事が多く、それらの出来事に対する記憶が、後の出来事に比べて強く印象付けられるため、よく思い出されるとも考えられています。

以上がレミニッセンスとレミニッセンス・バンプの違いについての説明です。

ChatGPTの回答

なるほど。正直、驚きました。
Wikipediaなり、心理学辞典を開いて調べないといけないところですが、驚くほど分かりやすく回答してくれるではありませんか。

予想以上に正確な回答だったので、体に電撃が走るような、言葉に表せないような感動でした。(これはもう、フラッシュバルブ記憶化待ったなしか!?)

しかし、ここまで綺麗に要約してくれると、ますます自分のリアルの仕事が無くなってしまうのではないかと不安を感じるほどです。
なるほどなるほど・・・報道やYoutubeで「革命的」と表現されるのも頷けます。

通信教育のデメリットを補えるのではないか

通信教育は、最近はインターネットの利活用がすすみ、我が産能短大のリポートもWebで提出できるわけですが、講師への質問に関してはハードルが高いです。
講師一人で、大量の学生の質問チャットに答え続けるのも現実的とは思えませんから、いつでもチャットで気軽に相談!というわけにはいきません。
かといって、学友が隣に居るわけでもなし、友達にちょっとした質問ができるわけでもありません。

現代においてはインターネットが普及し、情報入手のハードルが低いので、自分で調べなさい!ということだろうとは思いますし、そもそも、インターネットの普及に関わらず、「分からないなら自分で参考文献等を読み漁って答えを見つけなさい」というのは、通信に限らず、大学全般の常識なのだろうとも感じています。

とはいえ、勉強に疑問はつきもの。

ちょっとした疑問を解消するには、このツールは最適なのかもしれません。

要約学習には大敵か?学習における懸念

少し場面は変わりますが、ノートに要約を書いてまとめる「要約学習」をしていたところ、テキストのとある節の要約に困りました。

「こんな説もあるよ」「あんな説もあるよ」と多くの学者たちの意見が、書き連ねられていましたが、テキストの締めくくりが「つまり、いろんな意見があるってことよ・・・」といった内容になっており「結局、どういうことだってばよー!!(なると)」と心の中で叫んでいた時に、ChatGPTを使ってみたんですね。

ものの数十秒で要約された返事がありました。スッキリです。

しかし、スッキリした後に少し後悔したわけです。

「要約学習」は「テキストの内容を要約すること」に意味があるので、ChatGPTに要約させてしまうと、学習効果を損ねてしまいます。

ネットでこういった事例はないのか探してみたところ「自分自身で要約しつつ、ChatGPTも使って要約させて、いい言葉や文章をピックアップしつつ、自分の文章と組み合わせて要約する」といったことを実践している方もいました

確かに、要約するうえで言葉選びって重要ですよね。
なるべく適当ではない言葉は避けたいところです。例えば「全く無い」なのか、「ほとんど無い」なのかで印象も大きく変わります。

「よりよい要約を目指す」ことを目的にするのであれば、ポジティブに受け入れられそうです。

ツールを使うのは「良くないこと」なのか

ツールを活用することは果たして「良くないこと」なのでしょうか。

学習を継続していくという点において、時間が無い社会人としては、質の良い学習をとるのか、質は落ちるけれどもテンポよく進めていくのかは時として判断が変わるとは思うものの、モチベーション維持のことを思えば、後者の方が都合が良いでしょう。
我慢して紙の辞書を使って何時間もかかって答えを出そうとしたけれども、良い結果は得られず、学習意欲を損ねてしまっては本末転倒です。
それならば、ツールを活用して成功体験を積み重ねて自己効力感を高めたほうが学習の継続につながり、かつて一人で超えられなかったハードルが、積み重ねの結果でハードルを超えられるようになるのであれば、成長できていると言えそうです
しかし、使いすぎた結果、本来の学習効果を得ることができなかったり、試験での不正に手を染めてしまうような状態になってしまうのは、いかがなものかと思います
「水は低きに流れ、人は易きに流れる(孟子)」とも言いますから、この懸念は払しょくしきれないでしょう。

時代と価値観という点において、私が小学生だった時分は「電子辞書ではなく紙の辞書で調べなさい!」と言われたものでした。もちろん意図は理解していますし大切なことです。
別の話で、(ネタ元はテレビかネットだったと思いますが)自身の子供について「子供が何でもアレクサに質問して問題を解決しようとするので『自分でネットで調べて考えなさい』と注意した」という話を耳にしました。
近い将来「ChatGPTではなくGoogleで検索しなさい!」という時代が来るかもしれません(笑)
現代においては、流通する情報量が増加し、更には労働の多様化などによってライフスタイルも人それぞれですから、テレビと紙の新聞、紙の辞書では情報収集が間に合いません。
そのため、かつては「短時間で素早く目的の情報を手に入れること」は(主に教育という点で)否定的な価値観だったものが、現代においては「当然のスキル」であり、スキルを持たない人々は「情報弱者」と揶揄されるほどの時代になりました。

学問を習得するという姿勢において、私は今、私の未来の可能性のために学ぼうとしています。ここで新たな社会の変化(ツールの存在)を知りながらもそれを恐れ、社会の変化から遠ざかろうとするのならば、私の未来の可能性を1つ減らすことになるのではないでしょうか。

このように、学習を継続していく点、時代と価値観の点、学問を習得する姿勢という点から、私は、新たなツール自体を肯定・否定という二極的な判断ではなく、将来の可能性を高めるため、新たなツールを使うことを前提に、どう付き合っていくかが大切であると考えます。

通信教育における私なりのChatGPTとの付き合い方

散々書きまくったものの、どういう使い方をするのか明確なビジョンが定まっている訳ではないので、最悪のケースである学習効果が得られないことや、不正に手を染めてしまうことは避けたいところです。
そこで、使用する場面を制限するためのマイルールを以下の通り定めました。

【使ってもいいルール】

  1. 自分の要約を作り上げた後。(よりよい要約を作るため)
  2. 勉強・要約している内容と関連性の低いと思われるキーワードについて、辞典やネットを調べても理解できないとき。(テンポを上げる目的・検索と要約時間の短縮)
  3. 類似したキーワードの違いを知りたいとき。(検索と要約時間の短縮)
  4. 要約学習以外の学習方法の時(今後もうちょっと詳細化が必要かな)

【使ってはダメルール】

  1. リポート・科目習得試験(当たり前)
  2. 要約学習中に今これから要約しようとする内容を、1度も自分で要約していないとき。(学習効果を損ねる時短)
  3. 単語1つ程度の調べ物の時。なるべく辞書やネットを活用する。(調べる習慣を維持する)

まだ、勉強をし始めて間もないので、まだまだ改良の余地はありそうですね。

不正利用はダメですよ!!

最後に、冒頭でも述べた倫理的な問題がまさにこれで、試験でChatGPTを利用することは不正行為に該当します。海外でも事例があるそうで、こんな記事を見つけました。

AI倫理の授業レポートをChatGPTで書いた学生現るhttps://www.gizmodo.jp/2023/02/ai-ethics-paper-written-by-chatgpt.html

道具は使い方によって人を幸せにも不幸にもします。
どうか、この記事によって、ご自身の学生生活や人生を台無しにするようなことが無いことを切に願うばかりです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ABOUT ME
Zen
2023.04~自由が丘産業能率短期大学 心理学基礎★ 大学卒業&認定心理士取得を目指しています!★ 2023.10~放送大学 選科履修生★ 放送大学では3年次編入を目指してIT系科目を勉強しています!
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